2012年01月22日
福島県いわき市の学童保育(4)
<2012年1月20日、いわき市からの最後のレポートです。
いわきに来て初めての雨。子どもがなるべく雨に当たらないように気を付けました。あとで指導員さんに聞いたら、このごろはあまり気にしていないそうです。
クラブの近くに自宅がありながら放射線量が高いため、いわき駅の近くに避難している指導員さんにホテルまで迎えてもらって、久之浜児童クラブに向かいました。
途中、久之浜の市街地を通ってもらいましたが、先日の薄磯・豊間と同じように、建物がほとんどなくなっています。

10月から小学校は戻りました。でも、子どもの多くは仮設住宅や避難先からスクールバスなどで通っています。きのうの四倉と違って、仲間のいる学校に通いたい・通わせたいという人が多い久之浜小では、あまり児童数が減っていません。とはいえ、保護者の中には複雑な思いを抱いている方がいるとのことです。
学校が他地区の小学校に仮住まいしている間、クラブはその近くの大学の施設を借りていました。小学校が戻ったのと一緒にクラブも空き教室を利用した元の施設に戻ってきました。
現在、1-6年生の約30人が在籍しています。「約」なのは、一時在籍を受け入れているためです。
もともとの施設で保育しているので、当然ですが、今回伺った中でいちばん「学童」らしかったです。過ごし慣れた場所・施設で保育できることがどれほど大切なことか、よく分かります。

ここでも子どもは全員ガラスバッジを首にかけています。1日のうち外で過ごす時間を3時間以内としているので、通学や帰宅、学校での体育の時間を入れると、クラブで外遊びできるのは30分程度になってしまいます。きょうも、外で遊べたのは3:15-45の30分間で、親の承諾がない子や体育があった子は外に出させないようにしていました。

わずかな外遊びの時間では、学年にかかわらず3つの集まりで遊んでいました。上下のつながりがよくできているようで、ここでも子どもの様子に変わったことは見られませんでした。
部屋に戻ってからは、大体の子が宿題をします。中には、スクールバスの時間に合わせて早めにおやつを済ませる子もいました。スクールバスで帰る場合、小学校のバスでは保護者が帰宅前になってしまうので、指導員に中学校まで送ってもらって中学校のスクールバスを利用してます。スクールバスの時間を忘れて遊んでしまうこともあるようです。
おやつの後には、集団遊びの時間があり、子どもの希望で何をするか決めます。室内でも、ドッジボールや大縄跳びをすることがあります。気持ちを発散させることができるよう、室内でも比較的激しい動きのある遊びでもするようにしているそうです。
きょうもけん玉を受け取ってもらい、残ったものは、市内の他のクラブに分けてもらうようお願いしました。
指導員は4名体制です。地震のあと何人かが辞めてしまい、いまは休める日が日曜だけになっているとのことです。
地震から10か月が過ぎてようやく、被災したときのことやその後の保育のことを落ち着いて振り返ることができるようになったと指導員さんたちが言っていました。
また、目の前に海も川も山もあるのに、そこで子どもを過ごさせられないのが切ないとも。
ここで生活していく人たちの思い、こんな目に遭うのはここだけでいいという人たちの気持ちが、沖縄で何の気なしに過ごしている私にはどれほどかも分かっていないと思いますが、見てきたこと聞いてきたことを伝えないといけないとひしひしと感じました。
身勝手な考えから唐突に押しかけた私に、4日間親切に対応していただいた、豊間潮風児童クラブ、江名かもめ児童クラブ、四倉児童クラブ、久之浜児童クラブの指導員、子どもたち、保護者のみなさんに心からお礼申し上げます。
これからも長く、いわきの学童保育に関わっていきたいと思います。
沖縄県学童保育支援センター
中島 勝
いわきに来て初めての雨。子どもがなるべく雨に当たらないように気を付けました。あとで指導員さんに聞いたら、このごろはあまり気にしていないそうです。
クラブの近くに自宅がありながら放射線量が高いため、いわき駅の近くに避難している指導員さんにホテルまで迎えてもらって、久之浜児童クラブに向かいました。
途中、久之浜の市街地を通ってもらいましたが、先日の薄磯・豊間と同じように、建物がほとんどなくなっています。

10月から小学校は戻りました。でも、子どもの多くは仮設住宅や避難先からスクールバスなどで通っています。きのうの四倉と違って、仲間のいる学校に通いたい・通わせたいという人が多い久之浜小では、あまり児童数が減っていません。とはいえ、保護者の中には複雑な思いを抱いている方がいるとのことです。
学校が他地区の小学校に仮住まいしている間、クラブはその近くの大学の施設を借りていました。小学校が戻ったのと一緒にクラブも空き教室を利用した元の施設に戻ってきました。
現在、1-6年生の約30人が在籍しています。「約」なのは、一時在籍を受け入れているためです。
もともとの施設で保育しているので、当然ですが、今回伺った中でいちばん「学童」らしかったです。過ごし慣れた場所・施設で保育できることがどれほど大切なことか、よく分かります。

ここでも子どもは全員ガラスバッジを首にかけています。1日のうち外で過ごす時間を3時間以内としているので、通学や帰宅、学校での体育の時間を入れると、クラブで外遊びできるのは30分程度になってしまいます。きょうも、外で遊べたのは3:15-45の30分間で、親の承諾がない子や体育があった子は外に出させないようにしていました。

わずかな外遊びの時間では、学年にかかわらず3つの集まりで遊んでいました。上下のつながりがよくできているようで、ここでも子どもの様子に変わったことは見られませんでした。
部屋に戻ってからは、大体の子が宿題をします。中には、スクールバスの時間に合わせて早めにおやつを済ませる子もいました。スクールバスで帰る場合、小学校のバスでは保護者が帰宅前になってしまうので、指導員に中学校まで送ってもらって中学校のスクールバスを利用してます。スクールバスの時間を忘れて遊んでしまうこともあるようです。
おやつの後には、集団遊びの時間があり、子どもの希望で何をするか決めます。室内でも、ドッジボールや大縄跳びをすることがあります。気持ちを発散させることができるよう、室内でも比較的激しい動きのある遊びでもするようにしているそうです。
きょうもけん玉を受け取ってもらい、残ったものは、市内の他のクラブに分けてもらうようお願いしました。
指導員は4名体制です。地震のあと何人かが辞めてしまい、いまは休める日が日曜だけになっているとのことです。
地震から10か月が過ぎてようやく、被災したときのことやその後の保育のことを落ち着いて振り返ることができるようになったと指導員さんたちが言っていました。
また、目の前に海も川も山もあるのに、そこで子どもを過ごさせられないのが切ないとも。
ここで生活していく人たちの思い、こんな目に遭うのはここだけでいいという人たちの気持ちが、沖縄で何の気なしに過ごしている私にはどれほどかも分かっていないと思いますが、見てきたこと聞いてきたことを伝えないといけないとひしひしと感じました。
身勝手な考えから唐突に押しかけた私に、4日間親切に対応していただいた、豊間潮風児童クラブ、江名かもめ児童クラブ、四倉児童クラブ、久之浜児童クラブの指導員、子どもたち、保護者のみなさんに心からお礼申し上げます。
これからも長く、いわきの学童保育に関わっていきたいと思います。
沖縄県学童保育支援センター
中島 勝
2012年01月20日
福島県いわき市の学童保育(3)
〈2012年1月19日の中島さんからのレポートです。
きょうのいわきは風が強く吹いて寒かったです。
午前中、たまたま通りかかった市立美術館で開かれていた、いわき市立小中学校版画展を観てきました。
地震や津波のことを刷っていた子もいました。ほんの2、3人でしたが。
美術館にあるレストランが、なんとお食事全品500円でおいしかったです。
きょうは、四倉児童クラブに伺いました。
いわき市の北部にあって福島第一原子力発電所まで30km余り。
事故の当初は、四倉から北は立ち入りが規制されました。
発電所に出入りする車両が行き来する国道沿いは、朝は低くても夕方には放射線量が上がるそうです。
「津波で打ち上げられた船」
四倉地区も津波の被害に遭っていますが、豊間・薄磯や江名よりは復旧しているように思います。
もともと小学校に隣接する幼稚園の空き教室で利用していましたが、いまは、小学校の音楽室と近くの老人福祉センター、少し離れた公民館の3箇所を使っています。
幼稚園の建物に被害はなかったものの、6月の終わりに敷地横にある山が原因で敷地の放射線量が高いことが判明して、幼稚園を出ることになりました。
山の木を切ったり園庭の土を入れ替えたりしたにもかかわらず、放射線量が十分下がらないため、今でも幼稚園を使うことができません。
津波の被害を受けて中学校の校舎が使えず、中学1・2年生が小学校の空き教室を使っています。(3年生は近くの高校へ)
そのため、クラブは小学校では場所を確保できず、近くの老人福祉センターを使うことになりました。
ところが、3時半ごろまでは、お年寄りのみなさんがセンターを使っていることから、その時間まで学校の音楽室で過ごしてから移動するようにしています。
水曜日はセンターの休館日なので、はじめからセンターを使えます。
一方土曜日や夏休みなどは、センターを使わず公民館で保育しています。
また、保育前の準備や事務作業も公民館で行っています。
子どもは1−6年生48人の在籍です。
事故のために学校の児童数は減ってしまっているそうです。
クラブの在籍数はそれほど減っていないとのことで、避難区域から移ってきた子の入所もあります。
全員がガラスバッジ(個人線量計)を首にかけていました。外遊びはしていません。
音楽室には机がなく、胡坐をかいたり寝転がったりして宿題をしていました。

「音楽室での子どもたち」
センターでは広間(30畳ぐらい)1室で過ごしています。
高学年がある程度いるので、前の2箇所とは雰囲気は違いましたが、ここでもとくに気になる子どもの様子は見られませんでした。
低学年の子が人懐こく、すぐに相手してくれました。高学年は宿題をする時間が大半です。
ここでもけん玉を渡してきました。幼稚園のクラブ室にはあるそうですが、センターに持ってきてはいないので、久しぶりという声が聞こえました。
ほかに体を動かす遊びをしてみました。
指導員さんから、いつもは静かに過ごすことが多いのに、きょうは珍しく動き回っていたと言っていました。
指導員は3名体制を敷いています。
たまたまきょうは、お一人がお休みされていたので、指導員代わりに使ってもらえました。
場所が確保できれば、保育の補助などいろいろ支援してもらうことも考えるが、仮住まいでは気を遣ってしまうと指導員さんから聞きました。
子どももだいぶ気持ちを抑えながら過ごしているに違いありません。
あすは、さらに発電所に近い、久之浜児童クラブにお邪魔します。
久之浜は、地震と津波、さらに火災で集落が大変な被害を受けたうえに、事故の影響が大きい地区です。
レポート:中島 投稿:上地
きょうのいわきは風が強く吹いて寒かったです。
午前中、たまたま通りかかった市立美術館で開かれていた、いわき市立小中学校版画展を観てきました。
地震や津波のことを刷っていた子もいました。ほんの2、3人でしたが。
美術館にあるレストランが、なんとお食事全品500円でおいしかったです。
きょうは、四倉児童クラブに伺いました。
いわき市の北部にあって福島第一原子力発電所まで30km余り。
事故の当初は、四倉から北は立ち入りが規制されました。
発電所に出入りする車両が行き来する国道沿いは、朝は低くても夕方には放射線量が上がるそうです。
「津波で打ち上げられた船」四倉地区も津波の被害に遭っていますが、豊間・薄磯や江名よりは復旧しているように思います。
もともと小学校に隣接する幼稚園の空き教室で利用していましたが、いまは、小学校の音楽室と近くの老人福祉センター、少し離れた公民館の3箇所を使っています。
幼稚園の建物に被害はなかったものの、6月の終わりに敷地横にある山が原因で敷地の放射線量が高いことが判明して、幼稚園を出ることになりました。
山の木を切ったり園庭の土を入れ替えたりしたにもかかわらず、放射線量が十分下がらないため、今でも幼稚園を使うことができません。
津波の被害を受けて中学校の校舎が使えず、中学1・2年生が小学校の空き教室を使っています。(3年生は近くの高校へ)
そのため、クラブは小学校では場所を確保できず、近くの老人福祉センターを使うことになりました。
ところが、3時半ごろまでは、お年寄りのみなさんがセンターを使っていることから、その時間まで学校の音楽室で過ごしてから移動するようにしています。
水曜日はセンターの休館日なので、はじめからセンターを使えます。
一方土曜日や夏休みなどは、センターを使わず公民館で保育しています。
また、保育前の準備や事務作業も公民館で行っています。
子どもは1−6年生48人の在籍です。
事故のために学校の児童数は減ってしまっているそうです。
クラブの在籍数はそれほど減っていないとのことで、避難区域から移ってきた子の入所もあります。
全員がガラスバッジ(個人線量計)を首にかけていました。外遊びはしていません。
音楽室には机がなく、胡坐をかいたり寝転がったりして宿題をしていました。

「音楽室での子どもたち」
センターでは広間(30畳ぐらい)1室で過ごしています。
高学年がある程度いるので、前の2箇所とは雰囲気は違いましたが、ここでもとくに気になる子どもの様子は見られませんでした。
低学年の子が人懐こく、すぐに相手してくれました。高学年は宿題をする時間が大半です。
ここでもけん玉を渡してきました。幼稚園のクラブ室にはあるそうですが、センターに持ってきてはいないので、久しぶりという声が聞こえました。
ほかに体を動かす遊びをしてみました。
指導員さんから、いつもは静かに過ごすことが多いのに、きょうは珍しく動き回っていたと言っていました。
指導員は3名体制を敷いています。
たまたまきょうは、お一人がお休みされていたので、指導員代わりに使ってもらえました。
場所が確保できれば、保育の補助などいろいろ支援してもらうことも考えるが、仮住まいでは気を遣ってしまうと指導員さんから聞きました。
子どももだいぶ気持ちを抑えながら過ごしているに違いありません。
あすは、さらに発電所に近い、久之浜児童クラブにお邪魔します。
久之浜は、地震と津波、さらに火災で集落が大変な被害を受けたうえに、事故の影響が大きい地区です。
レポート:中島 投稿:上地
2012年01月19日
福島県いわき市の学童保育(2)
引き続き中島さんのレポートから、
大人でも怖い余震がたびたび起こる中で暮らす子ども達、外に出る事を不安がる子ども達、その中で地域の人の協力があって存続できる学童保育の現状、レポートからも様々な事を考えさせられます。沖縄からいったいどんな事が支援できるでしょうか?
>2012年1月18日のレポートから
きょうは、学童保育所に行く前に、「アクアマリンふくしま」という水族館を見てきました。
ここも地震や津波の被害があったところです。魚の9割が死んでしまったそうです。
でも今は、ほぼ元通りの姿で見ることができます。ぜひみなさんも見に来てください。
釣りができて、釣った魚を食べさせてくれる水族館は初めてでした。
きょうは、江名かもめ児童クラブに伺いました。
児童クラブのある江名も、津波の被害に遭った地域です。
元は、小学校の隣にある公立保育所の1室を借りて保育していました。
地震によって保育所の建物が危険な状態になったとして使用できないために、
現在は、民家の8畳二間を使っています。この民家は物件探しで相談していた不動産会社の社長さんのお宅で、
窮状を見かねた社長さんが使いなさいと言ってくれたそうです。
(日本の学童ほいく2011.9号の70ページでも紹介されています。)
「江名保育所の張り紙」
全国研での福島からの報告では、江名児童クラブがスーパーハウスを建てる準備をしている、とありましたが、
担当課が難色を示したために、学校内にも校外の民地にも建てることができないままになっています。
実際に住んでいるお宅を借りているので気を遣うと指導員さんは言っています。
6時までが本来の保育時間だが早めに迎えてもらうようにしているとか、
土曜日は社長さんのご家族がいるので閉めるようにするとか、保護者にも無理をお願いしています。
子どもは、1~4年生の男子8人女子3人の合計11名が現在在籍しています。
保育所で保育していたときは小学校の校庭で遊べたものが、今はまったく外遊びができていないそうです。
近隣に公園はなく小学校からも少し離れていることや、2人体制の中で障がいをもった1年生には指導員1人が常時ついている必要のあることがその理由です。
きょうは、1年生だけが5時間で2年生以上は6時間授業でした。
外に出ることができないと聞いたので、先に帰ってきた1年生を「町探検」に誘ってみました。
初めて郵便局に入ったり、友達の家を覗いたり、大回りして戻るようにしたりと、思った以上に「探検」を楽しんでくれました。
学校でも、外での活動が制限されていたせいで、いつもの年なら1年生がする「まちたんけん」が今年度はできなかったそうです。
探検の途中、斜面を登れば近道、というときに、子どもが「落ち葉があるからやめよう」と言ったことで、悲しい現実を思い知らされました。
きょうもけん玉をお渡ししてきました。家に持って帰って練習してくるという子もいました。
もともとあった遊び道具は、元の保育園に置いたままで、今の場所にはほとんど持ってきていないとのことです。
きのうと同じく、私たちの置かれた状況を伝えたいと、指導員さんが口にしていました。この言葉を肝に銘じます。
あすは、四倉児童クラブにお邪魔します。ここも場所探しに非常に苦労していると聞いています。
このメールを打っている間にも、震度3の地震がありました。
怖いです。
大人でも怖い余震がたびたび起こる中で暮らす子ども達、外に出る事を不安がる子ども達、その中で地域の人の協力があって存続できる学童保育の現状、レポートからも様々な事を考えさせられます。沖縄からいったいどんな事が支援できるでしょうか?
>2012年1月18日のレポートから
きょうは、学童保育所に行く前に、「アクアマリンふくしま」という水族館を見てきました。
ここも地震や津波の被害があったところです。魚の9割が死んでしまったそうです。
でも今は、ほぼ元通りの姿で見ることができます。ぜひみなさんも見に来てください。
釣りができて、釣った魚を食べさせてくれる水族館は初めてでした。
きょうは、江名かもめ児童クラブに伺いました。
児童クラブのある江名も、津波の被害に遭った地域です。
元は、小学校の隣にある公立保育所の1室を借りて保育していました。
地震によって保育所の建物が危険な状態になったとして使用できないために、
現在は、民家の8畳二間を使っています。この民家は物件探しで相談していた不動産会社の社長さんのお宅で、
窮状を見かねた社長さんが使いなさいと言ってくれたそうです。
(日本の学童ほいく2011.9号の70ページでも紹介されています。)
全国研での福島からの報告では、江名児童クラブがスーパーハウスを建てる準備をしている、とありましたが、
担当課が難色を示したために、学校内にも校外の民地にも建てることができないままになっています。
実際に住んでいるお宅を借りているので気を遣うと指導員さんは言っています。
6時までが本来の保育時間だが早めに迎えてもらうようにしているとか、
土曜日は社長さんのご家族がいるので閉めるようにするとか、保護者にも無理をお願いしています。
子どもは、1~4年生の男子8人女子3人の合計11名が現在在籍しています。
保育所で保育していたときは小学校の校庭で遊べたものが、今はまったく外遊びができていないそうです。
近隣に公園はなく小学校からも少し離れていることや、2人体制の中で障がいをもった1年生には指導員1人が常時ついている必要のあることがその理由です。
きょうは、1年生だけが5時間で2年生以上は6時間授業でした。
外に出ることができないと聞いたので、先に帰ってきた1年生を「町探検」に誘ってみました。
初めて郵便局に入ったり、友達の家を覗いたり、大回りして戻るようにしたりと、思った以上に「探検」を楽しんでくれました。
学校でも、外での活動が制限されていたせいで、いつもの年なら1年生がする「まちたんけん」が今年度はできなかったそうです。
探検の途中、斜面を登れば近道、というときに、子どもが「落ち葉があるからやめよう」と言ったことで、悲しい現実を思い知らされました。
きょうもけん玉をお渡ししてきました。家に持って帰って練習してくるという子もいました。
もともとあった遊び道具は、元の保育園に置いたままで、今の場所にはほとんど持ってきていないとのことです。
きのうと同じく、私たちの置かれた状況を伝えたいと、指導員さんが口にしていました。この言葉を肝に銘じます。
あすは、四倉児童クラブにお邪魔します。ここも場所探しに非常に苦労していると聞いています。
このメールを打っている間にも、震度3の地震がありました。
怖いです。
レポート:中島 掲載:上地
2012年01月19日
福島県いわき市の学童保育(1)
今週、福島県の学童クラブに出かけている支援センター中島さんからレポートが届きました。
沖縄からもどんな支援ができるのか?今一度、支援センターとしても沖縄の学童クラブ支援と共に考える機会になりそうです。
>2012年1月17日のレポートから
福島県いわき市に来ている中島です。
雨続きの沖縄から来た私には、いわきは太陽がまぶしいくらいです。
初日のきょうは、豊間潮風児童クラブに伺いました。
もともとは、薄磯集落にある豊間小学校の敷地内にあるプレハブで実施されていました。
いまも施設は残っていますが、小学校が再開されず敷地に立ち入れないため、
隣の集落にある公民館を借りて実施されています。
「校庭のがれき」
大地震で休止してから、指導員と保護者会長が県外に避難されてしまったそうです。
夏休みを前に再開の要望があったとき、急遽いまの指導員さん方が勤めることになったものの、
1人が保育士資格をもっているだけで、だれも指導員や保育士の経験はないとのことです。
3人が交代しながら常時2人体制を守っています。
豊間小学校は、隣の小学校を間借りしているため、クラブに通う子は路線バスでやってきます。
1~4年生の男子10人女子3人、合計13人がいまの在籍数です。
きょうはそのうち男子2人が欠席だったので11人の出席でした。

「豊間潮風の保育の様子」
借りている公民館は2階建てで、1階の大広間(約70畳)で主に過ごしていますが、
集落の予定と重なったときは、2階の会議室(半分ぐらいの広さ)で過ごすこともあるそうです。
外遊びは保護者の要望もあって30分ぐらいに限っています。
実際、公民館に隣接する遊具のある広場は線量が高い(約1μsv/h)ため使えず、公民館の駐車場で遊ぶしかありません。
きょうも、30分ほど駐車場で縄跳びをしたほかは室内で過ごしました。
男子が多いこともあり、室内でも暴れまわったりゴムボールを投げあったりすることには目をつぶっています。
きょうは、広島大学のけん玉研究会(DAMA研)が集めてくれたけん玉を持っていきました。
これまでほとんどけん玉で遊んだことがなかったそうで、みんな遊んでくれました。
子どもに特に気になる様子は見られませんでした。
津波が襲ってきたときクラブにいて無事だったから、
クラブにいることで子どもも保護者も安心するみたいだと指導員さんは言われていました。
それでも、地震のゆれに過敏になっている子はいるということです。
豊間小学校区にあたる薄磯・豊間の集落は、ほとんど家屋が残っていません。
「基礎だけ取り残された家」
いまも瓦礫が片付けられているだけで、ほぼ被災直後のままでした。
紅白歌合戦で嵐の桜井くんの弾いたピアノがあった豊間中学校も、校庭は瓦礫置き場、校舎・体育館は何も手がつけられていないかのようでした。
「豊間中学校体育館の惨状」
今年4月に豊間小学校が再開されても、どれだけ子どもが戻ってくるか見通せないようです。
いわき市で津波の被害が甚大だったのは人口の少ない周辺部でした。
そのせいで、三陸と同じように壊滅的な被害を受けていながら、あまりに知られていないのだろうというのは、
自らも津波の被害者である指導員さんの弁です。
津波に加え、放射線による被害をかかえながら保育を行っている、
いわき市沿岸部の学童保育のことをもっと知らせなければいけないと思いました。
あすは、江名かもめ児童クラブに行ってきます。
ここは、被害を受けた施設の代わりがいまも見つからず、子どものいる時間帯だけ個人宅を好意で貸してもらっているところです。
沖縄からもどんな支援ができるのか?今一度、支援センターとしても沖縄の学童クラブ支援と共に考える機会になりそうです。
>2012年1月17日のレポートから
福島県いわき市に来ている中島です。
雨続きの沖縄から来た私には、いわきは太陽がまぶしいくらいです。
初日のきょうは、豊間潮風児童クラブに伺いました。
もともとは、薄磯集落にある豊間小学校の敷地内にあるプレハブで実施されていました。
いまも施設は残っていますが、小学校が再開されず敷地に立ち入れないため、
隣の集落にある公民館を借りて実施されています。
大地震で休止してから、指導員と保護者会長が県外に避難されてしまったそうです。
夏休みを前に再開の要望があったとき、急遽いまの指導員さん方が勤めることになったものの、
1人が保育士資格をもっているだけで、だれも指導員や保育士の経験はないとのことです。
3人が交代しながら常時2人体制を守っています。
豊間小学校は、隣の小学校を間借りしているため、クラブに通う子は路線バスでやってきます。
1~4年生の男子10人女子3人、合計13人がいまの在籍数です。
きょうはそのうち男子2人が欠席だったので11人の出席でした。
「豊間潮風の保育の様子」
借りている公民館は2階建てで、1階の大広間(約70畳)で主に過ごしていますが、
集落の予定と重なったときは、2階の会議室(半分ぐらいの広さ)で過ごすこともあるそうです。
外遊びは保護者の要望もあって30分ぐらいに限っています。
実際、公民館に隣接する遊具のある広場は線量が高い(約1μsv/h)ため使えず、公民館の駐車場で遊ぶしかありません。
きょうも、30分ほど駐車場で縄跳びをしたほかは室内で過ごしました。
男子が多いこともあり、室内でも暴れまわったりゴムボールを投げあったりすることには目をつぶっています。
きょうは、広島大学のけん玉研究会(DAMA研)が集めてくれたけん玉を持っていきました。
これまでほとんどけん玉で遊んだことがなかったそうで、みんな遊んでくれました。
子どもに特に気になる様子は見られませんでした。
津波が襲ってきたときクラブにいて無事だったから、
クラブにいることで子どもも保護者も安心するみたいだと指導員さんは言われていました。
それでも、地震のゆれに過敏になっている子はいるということです。
豊間小学校区にあたる薄磯・豊間の集落は、ほとんど家屋が残っていません。
いまも瓦礫が片付けられているだけで、ほぼ被災直後のままでした。
紅白歌合戦で嵐の桜井くんの弾いたピアノがあった豊間中学校も、校庭は瓦礫置き場、校舎・体育館は何も手がつけられていないかのようでした。
今年4月に豊間小学校が再開されても、どれだけ子どもが戻ってくるか見通せないようです。
いわき市で津波の被害が甚大だったのは人口の少ない周辺部でした。
そのせいで、三陸と同じように壊滅的な被害を受けていながら、あまりに知られていないのだろうというのは、
自らも津波の被害者である指導員さんの弁です。
津波に加え、放射線による被害をかかえながら保育を行っている、
いわき市沿岸部の学童保育のことをもっと知らせなければいけないと思いました。
あすは、江名かもめ児童クラブに行ってきます。
ここは、被害を受けた施設の代わりがいまも見つからず、子どものいる時間帯だけ個人宅を好意で貸してもらっているところです。
レポート:中島 掲載:上地
2012年01月16日
石垣市学童っこまつり~♪
2012年1月7日(土)、新年の幕開けに石垣市で開催されたのは



石垣市学童保育連絡協議会主催の
学童っこまつり
第一回という事もあり、中山市長もお忙しい中ご挨拶に来てくださいました

13時から開会式を行い、その後子ども達による「お店屋さんごっこ」


体育館の中では買い物を楽しんだり、親子でカーブヤー作り


外では小雨の中、子どもたちが元気よくコマ・けん玉・缶ぽっくりをしていました



「いっぱい遊んで小腹がすいたなぁ」と思ったら

食堂では温かい「芋ジューシー」が準備されていました~
「お小遣いでなにを買おうかな~?」
と、胸をドキドキさせながら買い物を楽しんでいる子や、
「俺は高く飛ばせるカーブヤーを作る
」
と、目をキラキラ
させている子、
「一人でも多くの人に買い物を楽しんで欲しい」
と、大人顔負けの接客をする子もいました
普段、学童では見せない子ども達の表情が微笑ましかったです
指導員と保護者の方々が協力しながら、一生懸命作りあげてきたからこそ

大成功で終えることができたんだと思います


子ども達と同じように、私も第二回・三回と「学童っこまつり」が
石垣市の定番行事になる事を楽しみにしています


関係者のみなさん、本当にお疲れ様でした

またお会いしましょう





石垣市学童保育連絡協議会主催の
学童っこまつり
第一回という事もあり、中山市長もお忙しい中ご挨拶に来てくださいました

13時から開会式を行い、その後子ども達による「お店屋さんごっこ」
体育館の中では買い物を楽しんだり、親子でカーブヤー作り

外では小雨の中、子どもたちが元気よくコマ・けん玉・缶ぽっくりをしていました

「いっぱい遊んで小腹がすいたなぁ」と思ったら

食堂では温かい「芋ジューシー」が準備されていました~

「お小遣いでなにを買おうかな~?」
と、胸をドキドキさせながら買い物を楽しんでいる子や、
「俺は高く飛ばせるカーブヤーを作る
」と、目をキラキラ
させている子、「一人でも多くの人に買い物を楽しんで欲しい」
と、大人顔負けの接客をする子もいました

普段、学童では見せない子ども達の表情が微笑ましかったです

指導員と保護者の方々が協力しながら、一生懸命作りあげてきたからこそ


大成功で終えることができたんだと思います



子ども達と同じように、私も第二回・三回と「学童っこまつり」が
石垣市の定番行事になる事を楽しみにしています

関係者のみなさん、本当にお疲れ様でした


またお会いしましょう



2012年01月16日
マース入りエイサー太鼓ストラップ
支援センターで取り組んでいる、沖縄の子ども達の「ちむぐくる」を東日本大震災被災地へ届ける
『マース入りエイサー太鼓ストラップ』プロジェクト、県内の学童クラブから届けられたストラップは
様々な人を通して被災地に暮らす方々、支援者に送り届けられています。
また、読谷村から東日本の復興支援に取り組み、マースストラップの提案者でもある玉木千春さんの協力で、
沖縄の子ども達の「ちむぐくる」を被災地に暮らす子どもからお年寄り、支援者と多くの方に届けて頂いています。
年末に報告がありましたので紹介します。
よしもとの宮川たま子ちゃん

動画はこちら
沖縄県学童保育支援センターとしても更なる元気を被災地へ届けるべく、
今週、復興支援へ向け出発した支援員「中島」に、「被災地の学童クラブに届けてほしい」とマースストラップを託しました。
現在、沖縄県学童保育支援センターでは『学童保育募金』を受け付けています。
たくさんの学童クラブからの募金が集まっていますが、まだ目標に達していません!
継続したご協力を宜しくお願いします。
募集方法:①各学童クラブごとに募金箱を設置
②集まった義援金を各学童クラブで
学童保育義援金口座へ振り込む
*銀行窓口で振込の手続きをしてください。
手数料はかかりません。
振り込み口座:沖縄銀行 大平支店<店番140>
普通預金 1529202
沖縄県学童保育東日本大震災救援募金
会長 知花 聡
『マース入りエイサー太鼓ストラップ』プロジェクト、県内の学童クラブから届けられたストラップは
様々な人を通して被災地に暮らす方々、支援者に送り届けられています。
また、読谷村から東日本の復興支援に取り組み、マースストラップの提案者でもある玉木千春さんの協力で、
沖縄の子ども達の「ちむぐくる」を被災地に暮らす子どもからお年寄り、支援者と多くの方に届けて頂いています。
年末に報告がありましたので紹介します。
よしもとの宮川たま子ちゃん

動画はこちら
沖縄県学童保育支援センターとしても更なる元気を被災地へ届けるべく、
今週、復興支援へ向け出発した支援員「中島」に、「被災地の学童クラブに届けてほしい」とマースストラップを託しました。
現在、沖縄県学童保育支援センターでは『学童保育募金』を受け付けています。
たくさんの学童クラブからの募金が集まっていますが、まだ目標に達していません!
継続したご協力を宜しくお願いします。
募集方法:①各学童クラブごとに募金箱を設置
②集まった義援金を各学童クラブで
学童保育義援金口座へ振り込む
*銀行窓口で振込の手続きをしてください。
手数料はかかりません。
振り込み口座:沖縄銀行 大平支店<店番140>
普通預金 1529202
沖縄県学童保育東日本大震災救援募金
会長 知花 聡
2012年01月04日
謹賀新年
新年明けましておめでとうございます
ちょうど2年前の1月4日に沖縄県学童保育支援事業がスタートをしました

なにもない事務所に3名のコーディネーターと4名の支援員と県連協の皆さんが集まり、色々と作業をしながら、これからの2年3カ月にちむどんどんしていたことが昨日のことのように思い出されます

あれから2年・・・本当にあっという間でした。本当に色々なことがありました。
自問自答のくり返しの中、多くの方に支えられ、励まされてどうにかこうにか進むことができました

そして、支援センター事業は残すところ3か月となりました。
この2年間で皆さんと一緒に築き、作り上げてきたものをつなぎ、つなげて行くためのラスト・ラン

最後まで職員全員で悔いが残らぬよう全力で駆け抜けたいと思いますので、これまでと同様にご支援、ご協力を宜しくお願いいたします

2012年が皆さんにとって素晴らしい年となりますよう心よりお祈り申し上げます
2011年12月21日
那覇がくどう情報12月号発刊!!
こんにちは 那覇担当です。
みなさま、お待たせいたしました
那覇がくどう情報12月号を発刊しました
現在、おきなわ学童情報とともに那覇市内の学童クラブの各世帯に
配布されていることと思います。
記事に対するお問い合わせは
沖縄県学童保育支援センター 那覇担当 前田・小塚まで
↓↓ クリック!! ↓↓ クリック!! ↓↓

みなさま、お待たせいたしました

那覇がくどう情報12月号を発刊しました

現在、おきなわ学童情報とともに那覇市内の学童クラブの各世帯に
配布されていることと思います。
記事に対するお問い合わせは
沖縄県学童保育支援センター 那覇担当 前田・小塚まで
↓↓ クリック!! ↓↓ クリック!! ↓↓

2011年12月16日
出向指導員さん2
10月から各市町村で実施していた出向指導員さんを対象とした研修会が、12/13(木)の南城市開催をもって一巡しました。
感想とともに伝えてもらった要望に、今後できるだけ応えていきたいと思います。
指導員にとって、人の気持ちを受けとめることが仕事とも言えます。
受けとめ続けているだけでは、それが重荷になってしまうかもしれません。
指導員同士で共感しあったり、理解しあったりするこんな機会が、みなさんに保障されるといいですね。
うるま市

沖縄市

宮古島市

恩納村・北谷町

南風原町・与那原町

北中城村・西原町

南城市
感想とともに伝えてもらった要望に、今後できるだけ応えていきたいと思います。
指導員にとって、人の気持ちを受けとめることが仕事とも言えます。
受けとめ続けているだけでは、それが重荷になってしまうかもしれません。
指導員同士で共感しあったり、理解しあったりするこんな機会が、みなさんに保障されるといいですね。
うるま市

沖縄市

宮古島市
恩納村・北谷町

南風原町・与那原町

北中城村・西原町

南城市
Posted by 沖縄県学童保育支援センター at
17:44
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2011年12月09日
前島プレ学童オープン!
秋休みの10月11日~14日、 前島小学校に学童を作る会主催で前島小体育館内に プレ学童がオープンしました!! 
利用した保護者からも
「短い間でしたが本当に助かりました」
「子ども達が毎日学童に行くのを楽しみにしていました」
等の感想があり、働く保護者とその子どもたちにとっての学童の必要性
が実感できたのではないかと思います。
↓↓ 子ども達の感想 ↓↓



