2012年01月19日

福島県いわき市の学童保育(1)

今週、福島県の学童クラブに出かけている支援センター中島さんからレポートが届きました。
沖縄からもどんな支援ができるのか?今一度、支援センターとしても沖縄の学童クラブ支援と共に考える機会になりそうです。

>2012年1月17日のレポートから

福島県いわき市に来ている中島です。
雨続きの沖縄から来た私には、いわきは太陽がまぶしいくらいです。

初日のきょうは、豊間潮風児童クラブに伺いました。
もともとは、薄磯集落にある豊間小学校の敷地内にあるプレハブで実施されていました。
いまも施設は残っていますが、小学校が再開されず敷地に立ち入れないため、
隣の集落にある公民館を借りて実施されています。

福島県いわき市の学童保育(1)「校庭のがれき」

大地震で休止してから、指導員と保護者会長が県外に避難されてしまったそうです。
夏休みを前に再開の要望があったとき、急遽いまの指導員さん方が勤めることになったものの、
1人が保育士資格をもっているだけで、だれも指導員や保育士の経験はないとのことです。
3人が交代しながら常時2人体制を守っています。

豊間小学校は、隣の小学校を間借りしているため、クラブに通う子は路線バスでやってきます。
1~4年生の男子10人女子3人、合計13人がいまの在籍数です。
きょうはそのうち男子2人が欠席だったので11人の出席でした。

福島県いわき市の学童保育(1)
「豊間潮風の保育の様子」

借りている公民館は2階建てで、1階の大広間(約70畳)で主に過ごしていますが、
集落の予定と重なったときは、2階の会議室(半分ぐらいの広さ)で過ごすこともあるそうです。
外遊びは保護者の要望もあって30分ぐらいに限っています。
実際、公民館に隣接する遊具のある広場は線量が高い(約1μsv/h)ため使えず、公民館の駐車場で遊ぶしかありません。
きょうも、30分ほど駐車場で縄跳びをしたほかは室内で過ごしました。
男子が多いこともあり、室内でも暴れまわったりゴムボールを投げあったりすることには目をつぶっています。

きょうは、広島大学のけん玉研究会(DAMA研)が集めてくれたけん玉を持っていきました。
これまでほとんどけん玉で遊んだことがなかったそうで、みんな遊んでくれました。
子どもに特に気になる様子は見られませんでした。
津波が襲ってきたときクラブにいて無事だったから、
クラブにいることで子どもも保護者も安心するみたいだと指導員さんは言われていました。
それでも、地震のゆれに過敏になっている子はいるということです。
豊間小学校区にあたる薄磯・豊間の集落は、ほとんど家屋が残っていません。

福島県いわき市の学童保育(1)「基礎だけ取り残された家」

いまも瓦礫が片付けられているだけで、ほぼ被災直後のままでした。
紅白歌合戦で嵐の桜井くんの弾いたピアノがあった豊間中学校も、校庭は瓦礫置き場、校舎・体育館は何も手がつけられていないかのようでした。

福島県いわき市の学童保育(1)「豊間中学校体育館の惨状」

今年4月に豊間小学校が再開されても、どれだけ子どもが戻ってくるか見通せないようです。
いわき市で津波の被害が甚大だったのは人口の少ない周辺部でした。
そのせいで、三陸と同じように壊滅的な被害を受けていながら、あまりに知られていないのだろうというのは、
自らも津波の被害者である指導員さんの弁です。

津波に加え、放射線による被害をかかえながら保育を行っている、
いわき市沿岸部の学童保育のことをもっと知らせなければいけないと思いました。

あすは、江名かもめ児童クラブに行ってきます。
ここは、被害を受けた施設の代わりがいまも見つからず、子どものいる時間帯だけ個人宅を好意で貸してもらっているところです。



レポート:中島 掲載:上地


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Posted by 沖縄県学童保育支援センター at 08:55│Comments(0)東日本大震災関連記事
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