2012年01月22日
福島県いわき市の学童保育(4)
<2012年1月20日、いわき市からの最後のレポートです。
いわきに来て初めての雨。子どもがなるべく雨に当たらないように気を付けました。あとで指導員さんに聞いたら、このごろはあまり気にしていないそうです。
クラブの近くに自宅がありながら放射線量が高いため、いわき駅の近くに避難している指導員さんにホテルまで迎えてもらって、久之浜児童クラブに向かいました。
途中、久之浜の市街地を通ってもらいましたが、先日の薄磯・豊間と同じように、建物がほとんどなくなっています。

10月から小学校は戻りました。でも、子どもの多くは仮設住宅や避難先からスクールバスなどで通っています。きのうの四倉と違って、仲間のいる学校に通いたい・通わせたいという人が多い久之浜小では、あまり児童数が減っていません。とはいえ、保護者の中には複雑な思いを抱いている方がいるとのことです。
学校が他地区の小学校に仮住まいしている間、クラブはその近くの大学の施設を借りていました。小学校が戻ったのと一緒にクラブも空き教室を利用した元の施設に戻ってきました。
現在、1-6年生の約30人が在籍しています。「約」なのは、一時在籍を受け入れているためです。
もともとの施設で保育しているので、当然ですが、今回伺った中でいちばん「学童」らしかったです。過ごし慣れた場所・施設で保育できることがどれほど大切なことか、よく分かります。

ここでも子どもは全員ガラスバッジを首にかけています。1日のうち外で過ごす時間を3時間以内としているので、通学や帰宅、学校での体育の時間を入れると、クラブで外遊びできるのは30分程度になってしまいます。きょうも、外で遊べたのは3:15-45の30分間で、親の承諾がない子や体育があった子は外に出させないようにしていました。

わずかな外遊びの時間では、学年にかかわらず3つの集まりで遊んでいました。上下のつながりがよくできているようで、ここでも子どもの様子に変わったことは見られませんでした。
部屋に戻ってからは、大体の子が宿題をします。中には、スクールバスの時間に合わせて早めにおやつを済ませる子もいました。スクールバスで帰る場合、小学校のバスでは保護者が帰宅前になってしまうので、指導員に中学校まで送ってもらって中学校のスクールバスを利用してます。スクールバスの時間を忘れて遊んでしまうこともあるようです。
おやつの後には、集団遊びの時間があり、子どもの希望で何をするか決めます。室内でも、ドッジボールや大縄跳びをすることがあります。気持ちを発散させることができるよう、室内でも比較的激しい動きのある遊びでもするようにしているそうです。
きょうもけん玉を受け取ってもらい、残ったものは、市内の他のクラブに分けてもらうようお願いしました。
指導員は4名体制です。地震のあと何人かが辞めてしまい、いまは休める日が日曜だけになっているとのことです。
地震から10か月が過ぎてようやく、被災したときのことやその後の保育のことを落ち着いて振り返ることができるようになったと指導員さんたちが言っていました。
また、目の前に海も川も山もあるのに、そこで子どもを過ごさせられないのが切ないとも。
ここで生活していく人たちの思い、こんな目に遭うのはここだけでいいという人たちの気持ちが、沖縄で何の気なしに過ごしている私にはどれほどかも分かっていないと思いますが、見てきたこと聞いてきたことを伝えないといけないとひしひしと感じました。
身勝手な考えから唐突に押しかけた私に、4日間親切に対応していただいた、豊間潮風児童クラブ、江名かもめ児童クラブ、四倉児童クラブ、久之浜児童クラブの指導員、子どもたち、保護者のみなさんに心からお礼申し上げます。
これからも長く、いわきの学童保育に関わっていきたいと思います。
沖縄県学童保育支援センター
中島 勝
いわきに来て初めての雨。子どもがなるべく雨に当たらないように気を付けました。あとで指導員さんに聞いたら、このごろはあまり気にしていないそうです。
クラブの近くに自宅がありながら放射線量が高いため、いわき駅の近くに避難している指導員さんにホテルまで迎えてもらって、久之浜児童クラブに向かいました。
途中、久之浜の市街地を通ってもらいましたが、先日の薄磯・豊間と同じように、建物がほとんどなくなっています。

10月から小学校は戻りました。でも、子どもの多くは仮設住宅や避難先からスクールバスなどで通っています。きのうの四倉と違って、仲間のいる学校に通いたい・通わせたいという人が多い久之浜小では、あまり児童数が減っていません。とはいえ、保護者の中には複雑な思いを抱いている方がいるとのことです。
学校が他地区の小学校に仮住まいしている間、クラブはその近くの大学の施設を借りていました。小学校が戻ったのと一緒にクラブも空き教室を利用した元の施設に戻ってきました。
現在、1-6年生の約30人が在籍しています。「約」なのは、一時在籍を受け入れているためです。
もともとの施設で保育しているので、当然ですが、今回伺った中でいちばん「学童」らしかったです。過ごし慣れた場所・施設で保育できることがどれほど大切なことか、よく分かります。

ここでも子どもは全員ガラスバッジを首にかけています。1日のうち外で過ごす時間を3時間以内としているので、通学や帰宅、学校での体育の時間を入れると、クラブで外遊びできるのは30分程度になってしまいます。きょうも、外で遊べたのは3:15-45の30分間で、親の承諾がない子や体育があった子は外に出させないようにしていました。

わずかな外遊びの時間では、学年にかかわらず3つの集まりで遊んでいました。上下のつながりがよくできているようで、ここでも子どもの様子に変わったことは見られませんでした。
部屋に戻ってからは、大体の子が宿題をします。中には、スクールバスの時間に合わせて早めにおやつを済ませる子もいました。スクールバスで帰る場合、小学校のバスでは保護者が帰宅前になってしまうので、指導員に中学校まで送ってもらって中学校のスクールバスを利用してます。スクールバスの時間を忘れて遊んでしまうこともあるようです。
おやつの後には、集団遊びの時間があり、子どもの希望で何をするか決めます。室内でも、ドッジボールや大縄跳びをすることがあります。気持ちを発散させることができるよう、室内でも比較的激しい動きのある遊びでもするようにしているそうです。
きょうもけん玉を受け取ってもらい、残ったものは、市内の他のクラブに分けてもらうようお願いしました。
指導員は4名体制です。地震のあと何人かが辞めてしまい、いまは休める日が日曜だけになっているとのことです。
地震から10か月が過ぎてようやく、被災したときのことやその後の保育のことを落ち着いて振り返ることができるようになったと指導員さんたちが言っていました。
また、目の前に海も川も山もあるのに、そこで子どもを過ごさせられないのが切ないとも。
ここで生活していく人たちの思い、こんな目に遭うのはここだけでいいという人たちの気持ちが、沖縄で何の気なしに過ごしている私にはどれほどかも分かっていないと思いますが、見てきたこと聞いてきたことを伝えないといけないとひしひしと感じました。
身勝手な考えから唐突に押しかけた私に、4日間親切に対応していただいた、豊間潮風児童クラブ、江名かもめ児童クラブ、四倉児童クラブ、久之浜児童クラブの指導員、子どもたち、保護者のみなさんに心からお礼申し上げます。
これからも長く、いわきの学童保育に関わっていきたいと思います。
沖縄県学童保育支援センター
中島 勝
Posted by 沖縄県学童保育支援センター at 21:25│Comments(0)
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